救急搬送時、母は起き上がれず、大量の汗と若干の滑舌の悪さ、そして血圧は200を超えていました。
診断は動脈硬化による脳幹(橋)の梗塞。
治療を開始しても症状が進んでしまうことがあると説明を受けていました。
やはり母も若干進んでしまったようで、滑舌の悪さ、片側の麻痺も肘より先と膝より先だったものが、肩や膝上から動かせなくなっていました。それでも命の危機は去ったようでした。
入院直後からの点滴は24時間絶え間なく、1週間続くそうです。
その間は絶対安静。
その後退院時期が見えてくるだろうということ。
そして、脳の浮腫で血流が悪くなるため、あえて血圧を高めに維持しているとのことでした。
偶然ナースステーションに担当医がいらして、私に気づき状況を教えてくださいました。
危機は乗り越えたとはいえ、今後どうなるのか私には全く予測がつきませんでした。
そんな不安をかかえつつ、この日も実家の問題を一つずつ片付けるために書類探しや母への確認に追われます。
・どこに連絡すればいいのかわからない。
・公共料金の支払いはどうなっている?(以前は集金払いがあった為)
・有効期限内の介護保険証はどこ?
・保険証券はどこ?
・市役所などから届いているはずの書類はどこ?
”来ていない”と言われても、官公庁の書類ですもの基本的にはそんなはずありません。
なんなら、認印すら見つからない。
昔まとめていた場所にも無い。
10年以上昔の領収書は大切にしまわれているのに、最近のものが見当たらない。
部屋にはJCOMのルーター?のようなものがありました。
いつ契約したの?
契約書や説明書はどこ?
だから、要らないものは捨てて、大事なものはこのファイルにまとめておいてと言ったじゃない!
以前私が整理して渡したファイルは、埃にまみれ私が渡したときのまま一度も使われた形跡がありません。
それでも本人の返事は
「そんな契約なんてしていない」
「そんな書類は来ていない」
「私は来た書類はちゃんと入れておいたんだよ!」
じゃあ誰が出したんだよ?と言いたいのを、ぐっと堪えます。
ここでぶつかったところで解決もしないし、そんな時間もない。
むしろこの流れ的に、きっといつものように”自分はちゃんとしておいたのに、あんたがどこかへやっちゃったんでしょ”となるパターンです。
さすがに今そんな言葉を吐かれたら私の心はもたない。
結局本人から聞き出すことを諦めて、連絡先を調べつつ関係各所へ直接問い合わせることにしました。
すると、”来ていない”と言っていた書類はすでに返送済みだったり、単純に本人が忘れているだけだったり。
契約していないと言っていた物は、毎月口座から引き落とされていたり…。
その事を伝えても、”知らない”と言えば済むと思っているのか
「あっそう?私は見ていないから知らないわ」と軽く返されることもありました。
”じゃあ誰がやったんだよ”をまた心の中で握りつぶす。
この繰り返しです。
そう、脳の血流が悪くて今はうまく思い出せないのかもしれないと自分に言い聞かせながら。
そしてもう一つ厄介だったのが、入院したことを絶対に誰にも知られたくないという本人の意向。
「連絡は一切しなくていい」
そう言い張り意地でも曲げません。
あ、この感じデジャブだわ…あの薬管理の時が思い出されます。
そうです、ご機嫌を損ねないよう説得に手間取っていると…
数日後、民生委員さんをはじめ連絡が取れないことを心配した方々から、我が家に生存確認の電話が入るようになりました。
本人はいいけれど、対応する方は大変です。
どうして連絡してくれなかったの?
など、色々とご心配頂いて本当に恐縮ですが
ごめんなさい、そんな時間なかったんです。
そもそも、私はあなたの連絡先を知りませんでしたし…
そう、これもまたぐっと飲みこんで。