脳梗塞の治療も落ち着き、無事にリハビリ病院への転院を済ませ、新しい環境での母の日常が始まりました。
退院に向けて、ここからが本当の意味での『現実』との戦いでした。
まず、私の帰宅後すぐに母はスタッフ介助のもとリハビリ着に着替え、リハビリのプロであるPT(理学療法士)・OT(作業療法士)・ST(言語聴覚士)による、*FIM基準でのADL評価が行われました。
今回はその結果と、入院2週間で出来るようになったことや様子についての記録です。
*FIM…Functional Independence Measure 日常生活動作(食事・移動・会話など)を「どのくらい介助が必要か」で評価する指標
■入院時の詳細な身体状態の評価|一回目の面談での様子
リハビリ病院では月に一度を目安に主治医との面談があり、その時々の詳しい評価と今後の見通しや計画が説明されます。
初回の面談は、入院から2週間後に行われました。
(クリックで拡大できます)
これは総合実施計画書に記載された、入院直後の母の状態をリハビリのプロが数値化したものです。
基本動作は、4(完全に可能)~0(不可能)で評価されています。
母の場合、基本動作は寝返りや起き上がりなど、ベッド上の基本動作自体は自力で可能。
立ち上がりと立位保持は1で一部可能とされています。
一方、ADL(日常生活動作)は、
7(完全自立)〜1(全介助)で評価されます。
食事や整容、ベッドなどへの移乗や車いすでの移動、言語、コミュニケーションなどは4(最小介助で可能)。
衣類の着替え、トイレでの動作、歩行などは1も多数あります。
日常のほとんどの場面で、かなりの介助が必要な状態でした。
食事は自力摂取可能ですが、極きざみ食と全粥。
整容も”セッティングすれば”自分で可能。
例えば、”歯ブラシに歯磨き粉をつけて用意してあげれば、自分で磨ける”といった具合です。
移乗も一部介助が必要で、立位も保持可能ではあるものの手すりにつかまってのみなので、トイレでの衣類操作は全介助という状態でした。
認知面では大きな問題なしとの評価。
ただ、本人は「忘れっぽくなった気がする」と訴え、私が伝えたことを丸ごと忘れてしまうこともありました。
説明し直しても「聞いたことすら」を思い出せないことがあり、少し怒りっぽい様子も見られました。
面談時に主治医や介護士に確認しましたが、「年相応で問題ない」とのこと。
ただ一番腑に落ちたのは、介護士さんの
「環境の変化への適応に、時間がかかっているのではないか」
という言葉でした。
自分の身に起きたこと、生活環境、転院による人や場所の変化。
それらを受け入れるまでに、時間がかかっている状態だったのかもしれません。
また、母の希望である今まで通りの独居生活に戻るのは、かなり高い目標設定であること。
施設入居ならば、短期間の入院で済むが、本人が自宅を希望しているため、とりあえず入院期間を3ヶ月程度と仮定して退院先も追って相談ということになりました。
■生活面の変化と、少しの前進|実際にできるようになったこと
急性期病院からの変化として、昼間のみコールで介助付きのトイレ使用が許可されました(おむつ着用は継続)。
生活面では、着替えや身だしなみなどの日常動作を中心に指導を受けていたようです。
例えば、工夫の提案。
「麻痺側の袖から通す」などといった声かけがあれば、入院直後からできる場面もあり、転院直後の*BI15という評価のイメージよりは、介助が必要ながらも“できることが少し増えている”印象でした。
*BI…Barthel Index 自立度(どれくらい身の回りのことが自分でできるか)を表す指標
■面会とこのころの家族
この頃、家族は週2回ほど面会に通っていました。
面会時間は30分。
こちらの病院でも衣類はレンタルを利用し、日用品は前の病院のものを継続使用。
洗濯は週2回のオプションをつけて対応していました。
なので、面会と言っても持ち込んだオムツを既定の場所にセットし、TVカードなどの購入のための現金を少額ずつ補充する程度なので十分でした。
ただ、リハビリ(1日に60分3コマ)や入浴の時間と重なると、顔を見られずに帰ることも多々ありました。
■母の変化|性格の先鋭化
車椅子での生活になり、母は気が向けば携帯から電話をかけてくるようになりました。
ただ、滑舌が悪く、かなり集中しないと聞き取れないこともありました。
そして相変わらず、自分の言いたいことのみを言って切られます笑
少しも待ってはくれません。
寝たきりだった頃に比べると、食堂で食事をしたり人と関わる時間も増え、少しずつ覇気が出てきたように見えました。
その一方で、とにかく周囲が気になる様子で、人を指さしてあれこれ言うように。
さらに、夜間のオムツ漏れの件では強い不満を持ち、介護士さんの対応について私に何度も訴えてきました。
「雑に扱われた」「底意地の悪い人がいる」など、場所を選ばず口にします。
何度たしなめても、介護職の家族の現場の話をして「忙しかったのかもしれないね、許してあげてね」となだめても納得せず、かなりの剣幕で怒ります。
まるで、”誰かを悪く言わなきゃいられない”といったその様子に、正直、勘弁してほしいと思いました。
かと思えば別の日には、夜中に何度もコールする同室の方に対して
「夜中は人も少ないんだから…」と私の言った言葉で相手の方に説教した、なんて話も。
思ったことはハッキリ言わないと気が済まない性格。
本人は昔からそう言ってはいましたが、ここまでだったかと戸惑いました。
面会に行くと、私がいない時に起きた気に入らないこと(自分に関係なくても)全てを報告してきます。
まるで子供が親に言いつけるように。
そう、自分のことはまるで棚の上。
私はあなたの母親じゃないんですが…。
誰かを悪く言ったところで、自分が良くみられるわけじゃないんですけどね。
もう、本当に恥ずかしいやら申し訳ないやらで、病院に行くのがしんどかった時期でもあります。
■リハビリの進展と、次の課題
脳梗塞後、いよいよ始まった社会復帰に向けた本格的なリハビリ。
面談の直前には、車椅子での自走練習も開始していました。
まだ数メートルでしたが、健側の足で床を蹴って進む様子を見せてくれました。
”うまくできるようになれば、一人でトイレに行ける可能性もある”
本人もかなり気合が入っていました。
指の曲げ伸ばしから始まり、簡単な文字の読み書き、音読など機能の低下を防ぎつつ改善を目指すようです。
そして、なんと私にも宿題が。
まず、そろそろ介護の区分変更の手続きを検討すること。
そして、家屋評価のための計測。
実家の室内や周辺の写真撮影と計測をして期日までに提出すること。
玄関の上がりかまちの高さ、キッチンの作業台、廊下の幅、段差の位置、トイレの寸法…。
B4用紙に書かれた項目をすべて測り、写真と一緒に提出する必要がありました。
それをもとに、実際の生活に合わせたリハビリを行うのだそうです。
この部分、実戦的で家族としては期待も膨らむのですが…。
その前に、
覚えていますか?
あの実家ですよ...。
物であふれたあの室内。
掃除しないと、写真なんて撮れないじゃないですか...。
季節は、残暑厳しい9月。
何の罰ゲームでしょうか?
できる気がしません。
本気で泣きたくなりました…。
本格的な脳梗塞のリハビリが始まり、一瞬見えたポジティブな希望も、逃げられない課題を持たされた絶望感が上回り、重い足取りでの帰宅となりました。